2011年03月26日

ドゥ・ドゥ・エヌ・エヌ・どうどうどう。

こんばんは、
フカイくんからファミリーコンピュータカセット『スーパーチャイニーズ2』を借りっぱで申し訳なく思っている、
エベレストライブラリスタッフブログの者です。

一ヶ月とほんのもう少し前、僕の実家がお引っ越しをしました。
魚市場に負けず劣らずのバリバリ作業のさなか、
押入の奥やお部屋の隅に眠っていた、凄く、「こんなのあったね」な品々が発掘されたのです。
此処に書き出したって書き切れないくらいだし、
単に書き出すのであればそれこそただのリストになってしまうので、
別段あれやこれやと掲げ上げやしませんが、
出て来た場所、そのオブジェクト自体の時代風情、込み上げる懐かしさと付随極まる逸話たち。
それらそのものがまさに、時間・空間・人間の織り成す、色とりどりの想い出たちでした。

感傷に浸ることはエベレストライブラリの基本理念に恐らくやんわりと抵触しますので、
二度とは戻らぬ時間や世界にぶわぶわして掛け布団の中で独りピーピー泣くのは後にして、
ひとつだけ取り上げたいと思います。

それは、ドラゴンクエストの公式ガイドブックです。
『ドラゴンクエスト』というファミコンソフトの攻略本のことです。
T、U、V、と、Wの上巻/世界編までありました。
持っていたことすらすっかり忘れていましたが、ページを開けば、
見慣れたレイアウト、絵、解説文、その紙面丸ごと記憶甦りまくり世界!
冒頭には、世界観を見事に描き出した壮大な一枚絵やジオラマと、ストーリー紹介の見開きが。
装幀も素晴らしい。

攻略本。
幾つかの世代にとって、嗚呼、何という、
砂埃や夕焼けや霜焼けや洟を拭う袖口を想起させる言葉なのでしょう。
攻略本を一目見たなら、一気にあの頃のファミコンルームにトリップします。
誰かが、絨毯に直に置くよりは、と本の背表紙の上にマグカップを置いたものだから、
コーヒー跡のわっかが出来ていたりもするでしょう。
プレイ中にちょっと疑問点があって本を手に取って読んでいたら、
画面上に異変、突然に敵が出現して慌てて本を放り投げてコントローラを引っ掴むこともあったでしょう。
だから本自体はボロボロだったりしますが、
攻略本、このB級な味わい、敵いませんねえほんっとにもう!

今やゲームプレイに滞りが生じた際はネットの攻略サイト、ウィキなどに手を伸ばすのが世の常なのでしょう。
しかしながら、そうして解決した暁の、多少の呆気なさ、
妙に冷めてすっきりしてしまっている無味乾燥とした儚さはどうにも否めません。
それに比べたら、攻略本です。
攻略本だって文学です。
編集部のどなたか、またはいずこかのイラストレータさんか、
どちら様かが描かれた味わいのある余白を埋めるカット絵や四コマ漫画。
究極の武具や裏世界展開など、お楽しみは取って置きとばかりに、隠すところは隠してくれる、
絶妙な塩梅の情報量。
まるで近所のおにいさんのような、独特のテンションの文体。
遊ばせてくれるし、遊びがあるのです。

それにしても、ゲームです。
ゲームは登場した頃から、やや目の敵にされて来た節があります。
ロックの出現と同じようなものです。
ゲームがそんなに悪いとは思いません。
もちろん、子どもたちが勉強や外で遊ぶのを疎かにしてしまうのはちょっと駄目ですね。
時間を決めて、楽しめれば良いのです。

男の子がゲームに熱中するのは、何かを意のままに操ることで支配欲が満たされるから、
というのも聞きますが、どうなのでしょうか。
女の子のゲーマーも沢山います。
それに、ゲームを始めたら、むしろコントロールされるのは僕たちだという気もします。
プログラミングで作られた縛りの中で、ゴールへと向かう訳です。
そして計算ドリルやらとは違うのは、物語があって、それぞれに固有の世界観があって、
良作に巡り逢えたなら感動も出来る場合がある、ということ。
別の世界を楽しむ、別の誰かを演じる、
熾烈なオーディションを潜り抜けなくても憧れのキャラクタを演じることが出来る、
すてきな機械だと思うのです。

ゲームは閉じ籠もった世界だというイメージがあります。
そういうイメージを抱く方々は恐らく、
『熱血高校ドッジボール部』とか『ダウンタウン熱血行進曲 それゆけ大運動会』など、
くにおくんの一連のシリーズを未プレイかと思われます。
非常に盛り上がって、元気いっぱいになります。
そうです、実際には、みんなで集まってわいわい遊ぶものです。
お菓子とジュースとお友達と、こちらの世界の賑わいもきちんとあるのです。

2006年頃、僕はマッスルという名の友人と、PS2の『THE 地球防衛軍2』で大変盛り上がりました。
当然、2 PLAYERSで、です。
やるに連れて息もぴったり合ってゆき、やがては凄まじいコンビネーションへと。
あれ程の連携は、ちょっとやそっとではお目に掛かれません。
何にも増してとても楽しかったです。

何はともあれ、ゲームです。
取り分け、レトロゲームです。
もう僕もイッパシのオジチャマなのでレトロゲームをどうあがいても礼讃してしまう部分があります。

かつての戦闘機の空中戦には、人の技量と科学技術が折半している時代があったと人は言います。
要するに、飛行機自体の性能だけで勝敗が決まるのみでもなく、
上手い下手だったり癖だったりと搭乗者の個性が出る、それが左右することもある、ということです。
そういう世界では数々の伝説も生まれるのです。
レトロゲームの開発者とプレイヤーにも同じことが言えるように思うのです。

敵の動きが活発でその数も多く、敵弾も撒き散らされている中で主人公が発砲しながらジャンプすれば、
『ジャンパー』で電流を流されたジャンパーみたいに半透明に姿がちらついたりもしつつ、
処理落ちしてすべての動きが少しの間だけ鈍ることがあります。
アドレナリン風に自分だけが加速されている様相、美しく際どく敵弾をかいくぐる冒険心とスリルと達成感、
まるで映画のスローモーション。
演出の勉強になりました。
8ビットのBGM、電子音の楽曲の名曲の面々も、子どもたちの心に強く根付いているものです。
三音源だから、効果音が加わると飾りの旋律が消え、ベース音がやけに耳に残ったり。
音楽の勉強にもなりました。

そして何よりも、TVモニタに映し出される遙かなる別世界そのものが魅力です。
粗野で自由な未開の世界が僕たちの目の前には広がっていたのです。
変なところに入ることが出来ちゃった時の、
バグなのか裏技なのか判別が付かないくらいの、電子のどぎつい彩りのヤバイ世界。

ドット絵の可愛さなんて、言うに及びません。
『貝獣物語』の四人のあの突飛な可愛さ、今、出せますか!? 出せませんよ!! きっと!!
ロックマンなんかも可愛過ぎてたまりません。
特に『ロックマン2 Dr.ワイリーの謎』が一番。
アイテム1号を出そうとして壁に近過ぎて変な粉しか出ない時なんかもう抱きしめたくなる可愛さです。
フランス版の『ロックマン2』(欧米では『MEGA MAN2』)のジャケットを見ると、
宇宙からのメッセージを伝えに来た使者かと見紛うような、銀色ブリキ男だったりします。
アメリカ版の表紙は、クイックマンとの戦闘シーンを絵にしているのですが、
コスプレしたおっさんの喧嘩みたいになっています。
(しかも何故かDr.ライトがクラッシュマンの人質に!)
それらも、つまりはドット絵の奥深さの為せる業ですね。想像次第で世界は広がるのです。
カヌー片手にフィンの湖畔にたたずむフリオニールの、そよ風に揺れる赤い髪と切れ長の渋い眼差し、
実写化するならジョシュ・ハートネット?
ドラゴンクエストの、意外と町内に屯している「あらくれ」たちのファッションセンス、
レディ・ガガよりも幾らか突き抜けています。
命懸けで救助したキノピオがデフォルトサイズのマリオより一回り大きかったことに対してのマリオの横顔は、
もう何処か涼しげですらあります。

僕の中学時代の友人であるバスターという人が、
2002年頃、僕のお家でPS2の『メタルギアソリッド2』をやりました。
人ん家でやっているからか、
早く解きたいからか(昔、クリアのことを、解く、って言いませんでした?)、
ひたすらコントローラを動かして戦いたいからか、
ムーヴィシーンをすべてスキップしてやっていました。
会話や展開が盛り込まれているムーヴィを飛ばす訳ですから、
ストーリーも分からないままバシバシと戦っていたら、
あっという間にエンディングを迎えて、「え、終わり?」と目を丸くして驚いていました。

今やゲームはいろいろと美し過ぎて、眺める部分も多く。
ファミコン時代だと、記号的に近い描写を材料にして、
ムーヴィパートは頭の中で各々それぞれ作っていたのです。

勿論、昔のゲームでもエンディングはシンプル過ぎて今思えば物足りなくもあります。
ファミコンの『虹のシルクロード ジグザグ冒険記』という商人が主人公のゲームも、
斬新なシステムのRPGでとても面白かったのですが、
僕の父が幾多の苦労を経てクリアしてエンディング画面を見たら、
主人公とお姫様と後ふたりぐらいのキャラクタが歩いて来て、「お し ま い」と出ました。
その余韻のなさ、途轍もない簡素さに、苦労が報われなかったと感じたのか、
父は激昂してカセットを引き抜いて放り投げたのです。爆笑しました。

でもレトロゲームの場合は、それが味わいです。
あっさりと終わって、スタート画面に戻ってしまう、それもサバサバしていて良いものです。

だいぶお話が逸れましたが、ドラゴンクエスト公式ガイドブックです。
十数年振りにページを開いて、僕は息を呑みました。
「と、父さん……!」
僕の父が、洞窟や迷宮の、どの階段がどの階層のどの階段に繋がるのか、矢印、或いはアルファベットで結び、
宝箱の中身はどれがどれなのか、サインペンでばっちり書き込んでいました。
Vのサマンオサ南の洞窟の宝箱の傍らに書き殴られた、「ミミック」の文字の痛々しさよ。
Uのロンダルキアへの洞窟なんか、絡み合うような矢印だらけで何が何やら。
僕は呟きました。
「父さん、やりすぎだよ」
父は、ミュージシャンには珍しく、根が生真面目で優しい人です。
生真面目なミュージシャンなんて、蜜柑の筋をきちんと剥く水軍ぐらい珍しいことです。
そしてそんな父の冒険の覚え書きは、とても役立ちました。
当時は民生用のインターネットなんてありませんから、
宝箱や階段の情報は貴重な記録となったのです。
『最後の聖戦』で主人公のインディアナ・ジョーンズが、
「獅子の頭から飛び降りて勇気を示せ」の「神の道」を渡った後に砂を撒いて道を明示してくれたのに似て、
学校や卓球やプールや書道で忙しくて冒険が遅れがちだった僕や妹には、ありがたいことでした。
父は一歩先を開拓していたのですね。
ね、とか言われても困りますよね。

それにしても、公式、得も言われぬ心強い言葉。冠を戴いているガイドブックです。
「公式」で思い起こすのは、急な話ではありますが、
各国で五輪などが開催されると出現する、公式マスコット。
何だか、無難な野暮ったさを伴うのは致し方ないことなのでしょうか。
おいおいもっとあんたらの可愛さの底力を感じさせてくれよ、
とカモンの両手で煽りたくなってしまうものです。
だって例えばロシアだったら、チェブラーシカとか出来たのだから。ちょっとこの白熊は微妙〜みたいな。
しかしまたそれはそれで味わい深いものです。
正直、何でも、味です。

不思議なもので、昔懐かしいゲームのガイドブックばかりを眺めていると、
またプレイしたくなって来るものです。
『ドラゴンクエスト3』直撃世代なので特に3が。
いや2の陽気でシビアな感じ(まるでジプシーと政府高官が同居しているかのような気楽さと堅さ)も捨て難い。
4のツンデレきこりにもまた会いたい。あと「信じる心」の奴とか。
やっぱり8ビット機でやりたいです。
さあ、小豆色の防塵蓋を開けよう!
移民の町や小さなメダルや旅の仲間の会話なんかは想像で賄えます。

想像力こそ、最高の贅沢です。
『スウィートホーム』、充分に怖かったです、むしろ最も恐かったです!
『ゾイド2 ゼネバスの逆襲』の廃墟の町にたたずめば、必要以上の終末戦争の絶望感、世界平和を憂えざるを得ない!
『沙羅曼陀』で、宇宙に飛び出して風防越しにプロミネンスの熱を感じて大冒険しちゃえますよ!

ゲーム、それはライフ。そう、人生です!

ところが、ひとつだけ問題があります。
関根さんはゲームをほとんどしません。
1999年頃には、
ゲームボーイポケットと、写真撮影が出来るゲームボーイソフト『ポケットカメラ』で写真を撮っていたなど、
相変わらずその辺のセレクトはさすがです関根さん、絶妙なところを突いていておしゃれです。
関根さんは「科学の子」でもありますから、キネクトなどの最新技術を用いた製品にも興味津々。
しかしゲームという文化全般に対しては、あまり心を開いてくれません。
六世紀頃のスウェーデンやデンマークの人々が、広まり始めたキリスト教に少し怯えるのに似て。
しかし、そんな時代の叙事詩なんかも、キリスト教の伝道を添えてこそ、世に残ったのです。
だから関根さんが少しでもゲームを見直し、僅かでも興味を持ってもらえるように、
まずはキノピオ辺りの可愛さを駆使して行きたいところです。

THANK YOU EVERYONE!
BUT OUR PRINCESS IS ABOUT TO WRITE MANGA RIGHT NOW!
SO PLEASE JUST HOLD ON FOR A SEC、エベレストライブラリ。
posted by エベレストライブラリSTAFF at 20:47| Comment(0) | 日記

2011年03月18日

THE APPLE-PIE FOREST VILLE RISES。

おはようございます、エベレストライブラリスタッフブログの者です。

僕の父方の祖父タカシは、
山形県出身で、
フラスコを造りながらビーカで日本酒を呑む、
ケミカルアーティスティックな飲兵衛でした。
父方の祖母ユキは、
秋田県出身で、
ふっくらとしていて包容力のある、
洗濯物を干しに行けば小鳥(NAME:PI-CHAN, PROFILE:UNKNOWN)が後ろを付いて歩いて来る、
スーパーナチュラルレィディでした。
ふたりは、名前だけを見ると縁日大好きなヤンキーカップルのようですが、
とても物腰柔らかでどっしりとしていてのんびりとしていて奔放な、ナイスカップルでした。
やがてふたりは四人の男の子を産み出し、
その四男から抽出されたエベレストライブラリスタッフが、僕です。
とにかく、上記のことから判るように、僕は東北人の血を引いています。
大らかで、優しく、譲れねえところは絶対に譲れねえ、
世界最強の逞しさを持つ東北人の血を引いていることこそが、僕の誇りです。

先日、三陸沖で発生したマグニチュード9.0という巨大地震。
本当に強い衝撃を受けました。

僕は昔から、仙台が好きでした。
個人的にはこれといって所縁のなかった筈の土地なのに、小さい頃から好きでした。
幼稚園児の僕は地図を描くのが好きでしたが、最近奇跡的にその時代のものと思しき我が落書き帳を見ました。
やはり仙台が頻出しています。
この好きは説明不可能です。
伊達政宗も好きでした。ファミコンの『独眼竜政宗』、マスターピースです。
遠くイスパニア王国にまで目を向けていたところや、おしゃれなところ、他の追随を許さぬ彼の個性。
そして、僕としては、18歳くらいから仙台の方々と知り合って親しくしていただく機会も多く。
何にも増して、ずんだの色が大好きです。

関根美有の公式バイオグラフィの先陣を切るのは、いつも同じ、「仙台出身」です。
永遠に変わることのないもの、それは出生地。
関根さんを形成する上で欠かせなかったでありましょう、育ての街です。
今も仙台に住んでいらっしゃる関根さんのご両親とは、丸一日以上連絡が取れませんでした。
震災三日目の夜、ようやくお父様と電話が繋がったのだそうです。
ご両親とも無事が確認出来ました。
誰にも邪魔されることなく好きなだけ喋れることの尊さ。
私に何か出来ることはあるか、と関根さんが尋ねると、
お父様は手回し式発電器で携帯電話に電源を吹き込みながらこう仰いました。
「漫画の背景をもっと描きなさい、真っ白じゃないか」
漫画家のお父上の鑑です。
『まんが道』の、サイノとマガのお母さんが旅館から手を振るエピソードを超えるエピソード誕生の瞬間ではないのでしょうか。
そうです、漫画のような商売は、こんな時にこそ微力も微力ながら少しでもお役に立ちたい。
現実の街を建て直す皆様から遠く離れていても、
関根さんも漫画原稿用紙の背景に、街を生み出してゆきます。

宮城県を筆頭に、岩手県、福島県でも、甚大な被害が出ています。
秋田や山形は日本海側ですが、そんなことより僕は今こそ、東北人の血を引く者のひとりとして、
皆様の粘り強さ、忍耐強さが皆様の頼みの綱として発揮されることを信じています。
びっくり箱からびっくりする物が飛び出す寸前くらいに、固く見守り、信じ切っています。

今回の震災で驚いたことのひとつに、
ツイッターのリアルで詳細で素早い即時性情報力があります。
ひとりひとりの目の前での出来事が代わる代わるありありと浮かぶくらいに、
簡潔な文章として直球で読めてしまうことに、心が揺さぶられました。
しかし、物事というものには流れがあります。
今日で震災から七日目を迎えます。
もう少し先、今後、現地が少しずつでも落ち着きを取り戻してゆくに連れて、
メディアでの報道もフェイドアウトしてゆくことでしょう。
遠く離れたところで暮らす人々は、それぞれの受け持つ世界に忙殺されて北国への関心も解いてゆくことと思います。
間近に迫る事象、例えば関東の方々であれば、
輪番停電や生活物資の買い占め、ガイガーカウンターの測定値等、
そういった諸々の顛末に目を注ぐうち、やがては自分でもそれとは気が付かない間合いで、
関心が忍び足のヤドカリのようにしてやんわりと、別の単元へと移ってしまいます。
復興が本格的に始まるのは、ちょうどその頃なのです。
そんな時にこそ、
ひとりひとりが思い付いた形そのままで、
(そしてそれが誰かにとっての迷惑になりはしないか、
一歩踏み留まって、自意識から切り離して考えてみることを忘れずにしつつ、)
被災地の方々を陰ながら支えることが出来たのなら、それは本当に素晴らしいことだと確信するに至ります。

「このような大災害に対して、市民が秩序正しく整然としているのは驚くべきことです。
警官は市民の救護に全力を尽くしています。ほぼ無法状態にあるのに、略奪行為もありません。
親を失い、子と別れ、兄弟の行方が知れない幾十万の人々が、
何処へ行っても涙ひとつ浮かべずに着々と後始末に取り掛かっています。
この規律正しい日本人に対する敬服の念を新たにせずにはいられません」
1923年、関東大震災に遭遇したアメリカ人記者の手記より。

今も日常とは異なる生活を強いられている方々には、
千年に一度と想定されている大震災を乗り越えたことがどれ程にすごいのか、
そのことを胸に秘めながら、
まだまだつらい状況が続くとは思いますが、とにかく頑張っていただきたいです。
そして、亡くなられてしまった全国の方々に、哀悼の意を表明致します。

日本全国の皆様、共に出来得る限り余震に気を付けてゆきましょう。

けっぱれ日本、エベレストライブラリ。
posted by エベレストライブラリSTAFF at 03:56| Comment(0) | 日記

2011年03月11日

ソヌ・ファンはオムニアだったのかなあ。

こんばんは。
ELSB-GUY(エベレストライブラリスタッフブログの者)です。

前回と前々回の間、
個人的ユメ日記を書く暇もないくらいに僕も忙しく、そして関根美有も忙しく、
ご無沙汰しておりましたので、今回はなるべく間を空けないでみよう、と実験的にダブルタップです。

などと言っているうちに、あれよあれよと結局また間が空いてしまいました。
時間には限りがあるけれど、怠けは限りなく。
無限の闇の強行軍弾丸ツアーとなりました。
しかしながら、無限の闇だろうともモックン主演『夜の上海』だろうとも、
何でも見ておくものです。
そう自分に言い聞かせて。
(実際に『夜の上海』はなかなかロマンティックでした、無限の闇もいつか何かの肥やしになればと)

関根さんはしばしば携帯電話をお家に置き忘れるとのことです。
お出掛け前の忙しい朝の時間帯というのは、なんと凝縮された時間なのでしょう。
つらいことのさなかでは時間が経つのは遅く感じます。
楽しい時には早く感じます。
しかしそれらを圧倒的戦力差で上回っての、
「忙しい時だと時間というものは光速でハイパースペースに飛び込む宇宙船のワープを後ろから見送る並みに早く感じる」です。
そんな状況で携帯電話みたいな小さな物を忘れてしまうことなんて、どうしたって起きてしまうことです。
それに、携帯電話のひとつやふたつを忘れたからといって、
この宇宙の歴史から見れば、誰ひとりまばたきすらしないようなちっぽけなことです。
ただ、その日に連絡を取りたい人の視点からすると、
宇宙の歴史の方こそ、岸の向こうの虹の彼方の出来事と化してしまいます。
遠くの洋上を航る船の進みはかどり具合というのは非常にゆったりと見えます。
それと同じでそんな時に宇宙の歴史が遠巻きで悠然と流れていることは、正しいのですが。
人類の歴史とは何か、この星は何か、
獣道もあったでしょう、とっくりも誕生しましょう、
それは宇宙という舞台でぶれたり安定したりしながら回り続けるコマであり、
それ自体に意味はなく、楽しめよな、みたいなことなのでしょう。

自分でも何を言っているのか分からなくなって来たので一段落を設置しました。
要するに、連絡を取りたい人からすると、結構困りますよね。
そういう時は、
「あああもう、そんなに忘れてしまうのなら、手にでも縫い付けておいたらどうなのさ」
くらいに思ってしまうかも知れません。
しかしそこで思い出してしまうのは、小さい頃に時折見掛けた、今でも勿論あるかも知れない、
縫いぐるみたちです。
オーヴァーオールの胸ポケットに堂々とニンジンを縫い付けてあるウサギの縫いぐるみ。
ニンジンを着脱可能なアクセサリにしてしまうと、
お子さん方はすぐにでも、ボジョレーヌーヴォー解禁みたいにまっしぐらに、
ニンジンを紛失してしまうでしょう。
しかし縫い付けられていると何故だか無理矢理感が湧き出します。
「もう食べられないよー」
とウサギさんが言っちゃっているのではないだろうか、と気が気じゃない自分がいる場合も。
誰かが縫ってはいるのです、そこに縫い目のある限り。
そうすっと、そこまでせんでちゃ良かやなかね、と助けてあげたくなります。
そうですよね、考え過ぎなんです。

携帯電話を首からぶら提げることの出来るストラップのようなもの、
一時期流行ったような気がします。
今思うとメガロドンとかが闊歩していた時代くらいに昔に感じられますが、
チェキッ娘の矢作さんか誰かがそれを身に付けているのを観たことがあるような気がします。
勿論今でもあるのでしょう。
でもそれを朝、首に掛け忘れたら、
ただ午後の陽射しの中で紐が付いた携帯電話が横たわったまま忘れ去られている図に変化するだけですね。
話はコースロープを飛び越えてレーンを移りますが、
同じように首から提げることの出来るペンがあります。
あれは凄く便利だなあ、と思う反面、何だか恥ずかしくてどうしても手が出せません。
お腹の辺りでペンが揺れていたって別に良い、筈なのに。

今回お伝えしたかったことは、
漫画のことや何かのことで、
関根さんに連絡したのだけれどもなかなか返事が来ないわ、という場合、
彼女は彼女の愛機オムニア(サムスン電子製第三世代携帯電話端末)を、
うっかり忘れて出掛けてしまっているということがあり得ますので、
そのままもうしばらくお待ち下さい、きっと必ず、お返事しますから。
ということなのです。

待ち人からして、宇宙は遠くなりにけり。
しかしいつか何処かしらには辿り着くであろうボイジャー探査機の金属板やパイオニア探査機のレコード盤に比べたら、
もっとずっと僕たちの携帯電話は近く早く確実です。
ボイジャーもパイオニアもオムニアも全部すてきですが、
宇宙というロマンティックの大海原の中で、ちょこまか動き回れることこそが人類の特色ですね。

ちなみに、関根さんがオムニアを選び取った最大級の決定打は、
坂本龍一がイメージキャラクタを担当していたからだそうです。
お兄さんの影響からか、坂本龍一のファンなんですよ。

アイヤ、イイヒ、エベレストライブラリ。
posted by エベレストライブラリSTAFF at 01:30| Comment(0) | 日記